表千家のお茶会@建仁寺

表千家同門会京都支部設立55周年記念茶会、
というものに参加させていただきました。
場所は建仁寺。

近くに住んでいながら、
久昌院や、両足院の建物の内側に入るのはじめてでした。

仕事の関係で、
本席の濃茶は参席することができませんでしたが、
お道具、素晴らしかったようです。
掛け物は建仁寺十一世の墨蹟で重文、
花入れは紀州徳川家伝来の胡銅象耳、
茶入れは名物 唐物馬蹄口 永井家伝来 遠州箱書付)、
茶碗は大井戸(小松原福井家伝来) etc etc 

さすが京都支部ともなると、
すごいんですね。
仕事(締め切り)、放ったらかしてでも行けばよかったな。
でも私には猫に小判ですね。

私は薄茶席、二席に参席いたしました。

携帯画像ですが、
境内の様子をアップします。

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山門を額縁に、紅葉、だいぶ晩秋の筆が進んでいました。

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支部席がかかった、両足院の門。


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両足院の参道です。


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久昌院の庭。




今回は勇気を出して(^^)、
はじめて無地on無地で参席しました。
袋帯は白の雲立涌の唐織。
帯の高さ、どうでしょ^^;
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※写真は出かける前に自宅で撮ったものです。
茶席ではありません。



ねこぶろはこちらから
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11月は茶人の正月

「11月は茶人の正月」、
この言葉をはじめて聞いたとき、
おお、カッコいい響きだな、と思ったものでした。
まだ茶の稽古をはじめる前です。
懐石料理の教室で、でした。

11月は茶壺の口切りをし、今年の新茶を使いはじめる季節。
抹茶というのは、茶壺でひと夏を越したほうが、
旨味を増すのだそうです。
そして11月は、風炉から炉に変わるとき。
風の季節から火の季節に変わるとき。

私が通っている稽古場(大徳寺の瑞峯院)では、
今日が、その炉開きでした。
この日は特別に、
お寺の奥様がお手製のぜんざいを用意してくださます。
(これが主菓子となります)。

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床の間の掛け物は『只要炉下煖如春』
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同い年の茶友を激写(まだ先生がいらしてなかったので^^;)。
本人の要望により、こんな小さな画像になっちゃいました。
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紫色の無地のきものは、母上のきものを直したものとか。
藤色に染め替えたい、って言ってたけど、
いえいえ、いい色、似合ってましたよ。
お点前もきれい、姿勢がいいの。←誉めたよーっ。

同じ稽古の会(坐忘会)に、歴史小説の山本兼一さんがいます。
今日、新刊を入手。『利休にたずねよ』(PHP)
すでに読んだという上の茶友によると、かなり面白いらしい。
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これで直木賞、三度目の正直でとってほしいなあ。

★ ★ ★


稽古が終わり、外に出ると、
茜から紫、群青にうつろっていく空がありました。



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喪服の記憶

今日は先月、お亡くなりになった岩崎通子先生(半床庵の岩崎源先生の奥様)の
四十五日、忌明けの法事でした。
本堂で、お経を上げたあと、
坐忘軒(茶室)に於いて、お茶会。
それで喪服を着たのでした。

といっても、略装です。
単衣の一つ紋の栗色の色無地に、黒の帯。
帯締めの房は下になるよう、いつもと逆に挟みました。
そういえば、この黒の帯を最初に締めたのは、
父の一周忌のときだったような気がします。
そのときはきものも五つ紋の黒でした。
黒のきものというのは、若い女性が着ると、
ぽーっと色香が漂うものだそうです、
当時、私は22歳。
うーん、でも、色香はなかったな、私のことだから^^;
最近、思い出語りばかりですね。
なので、
「死ぬのはまだ早いですよ」という読者メールをいただいてしまいました。orz
もちろん、そんなつもりはさらさらありません。
けど、過去に今、取り憑かれているアソウです。
たぶんきものの本の執筆で、
この30年のことを、きものを通して、
洗いざらい思い出したからだと思います。
書くことは過去を活性化させる。

やさしい想い出ほど怖いね。ウソが透けて見える。
うしろの正面、だーれ!?
(そんな詞を書いたことがあったような……)


もとい。居ずまいを正します。

ご法要の茶会。
とても和やかなものでした。
お茶菓子は通子先生の3人のお子さんたちのお手製。
上品な蒸し菓子。50個も作ったんだそうです。
遺伝子情報だけでなく、おもてなしの心も
しっかりお子さん方に受け継がれていて、
あ、先生は生きている、なんて思ったのでした。
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携帯で撮りました。


呼吸を司る脳神経が腫瘍に侵され、
呼吸が停まり、誘われるようにして、心臓が停まった。
肺も心臓も若々しいのに、心肺が停止するという、不条理。
最期はそういうことだったようです。

黒いリボンと大徳寺白の木槿がいちりん。
合掌。
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携帯で撮ったものです。もちろん許可、いただきました。
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泉涌寺 献茶式

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実は月曜日の16日、泉涌寺の献茶式に行っておりました。
香淳皇后のご法要。香淳皇后というのは、昭和天皇の皇后さま。
母のこともあるし、どうしようかと迷っていたんですが、
「そんなもったいない。おかあさんは僕が看てるから行っておいで」
と、言ってくれ、茶友と2人で出かけました。
夫も茶の稽古をしているから、このありがたみがわかる。
というのも、裏千家さんからのご招待。
流派が違うものは、滅多に拝見することはできません。
ならばいざいかん、ですよ。

いちばん手前で、裏千家のお家元のお点前(御献茶)を拝見、
お茶席もいっしょに回らせていただく、というご配慮をいただき、
気分はもうお上りさん。
興味津々の本音を隠しながら(いや、隠せてなかったかも)、
至福のひとときを過ごしてきました。

本席では、家元、家元夫人の次に座らせていただいたんですね。
家元夫人というのは、三笠宮から嫁がれた方ですから、
今上天皇のいとこになる方。香淳皇后の義理の姪に当たられる方。
ひとつ紋の紫の無地のきものに、黒字にプラチナ(だと思います)の文様の織帯。
法要と茶席のどちらにも配慮した、おきものでした。
立ち居振る舞いの素敵な方でした。

泉涌寺の献茶式については、
明日、更新の日経ネットでくわしくふれようと思っています。
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花見の茶会に

友人から花見茶会のお誘いヲいたただき、
釜が掛けられた岡崎の京都交流会館に行ってきました。
友人は裏千家。流派が違うと、客の所作も少しずつ異なってきます。
なのでひとりで参会すると、ちょっと緊張します。
お席も香席、茶箱席、薄茶席となっていて、
「あの〜、待ち合いはどちらでしょうか」と心細く訊ねてしまいましたよ。

薄茶席の亭主役が友人。
お稽古の会でも、ベテランのようでした。人は見かけによらないよります。
お点前をなさった方もペテランのようで、所作がきれいでした。
お裏さんのお点前というのは、袱紗さばきや茶杓の構えも、
キメ・ポーズがあり、見ていて、楽しい。抑揚があるというのかな。
対して、私が習っている表は、水が流れるが如しということで、
たんたんとした動き。流れで美をつくっていく。

画像は薄茶席の花。掛け物に桜が描かれており、そこから桜が散ったという趣向でした。
こういうの、私の好み。来年は真似しようかな。
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水屋に入っていた人たちの、きものの趣味も私好みで、
一枚、写真、撮らせていただきました。
きものと帯の合わせ方がとても自然。こういう着こなしも私の好み。
左の黒地のきものが先生。お年は70才くらいかしらん(不明)。
黒に蝶々の訪問着。帯は金色一色。帯締は黒。粋でした。
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