宇治茶まつり |
|
2007.10.07 |
|
7日、茶文化の礎を築いた先人たちを偲び、 宇治茶の振興を祈願する「宇治茶まつり」が行なわました。 宇治は、京都12年も、住んでいながら、 まだ数えるほどしか来たことがありません。 何だか、遠いような気がするんですよね。 実際タクシーだと4000円くらいかかるんですが。 でも、行くと、ああ、洛中とはまた違うよさがあるなあ、と感じます。 もしかすると、日田市は、洛中より、宇治のほうが、その川景色は似てるのかもしれない。 宇治は、平等院や、宇治上神社があるところ(世界文化遺産、国宝です)。 そして言わずもがな、茶の産地。 今年の興聖寺での献茶式は、表千家の堀内宗心宗匠のご奉仕。 茶席の本席は半床庵(久田宗也宗匠)社中。 近くの朝日焼の窯元でも、半床庵の社中により、副席がかけられました。 献茶式の前には、宇治川にかかる宇治橋の三の間で、 まず川の水(かつて秀吉が、この川の水で茶会を開いたという)を汲み上げる、 「名水汲上の儀」というのが行なわれました。 私はこれには間に合わなかったのですが、^^; 狩衣をまとった人たちにより、釣瓶で、本当に川の水が汲み上げられ、 「感動しましたよ」と、友人。 ああ、私も見たかった。 早起きはしてたんですよ、ただ、掃除とか、だらだらとしていて……ぶつぶつぶつ。 献茶では、その川の水が用いられました。 「名水、到着でございます」という声の下、 箱から恭しく取り出された竹筒。 この竹筒から、本当に水指に、水が移されました。 こういう丁寧な物語が、「まつり」を盛り上げ、格を与える、ような気がしますね。 戦後、はじまったものですから、今年でまだ56回目です、 けれど中国から渡ってきた茶の文化、 それを日本独自の文化にしていった先人たちの「心」と、歴史を しかと、感じる流れになっていました。 お点前の前に、行なわれたのが、 「茶壺口切りの儀」。 ひと夏を茶壺で越した、今年の新茶の封が切られ、 それを仏さまの前で、挽いていく。 昔ながらの石臼です。 それを棗に、白い羽ではいていく。 ![]() お茶を少しでもやっている者には、 とても興味深い、献茶式でした。 宇治茶の振興を祈願ということもあってか、 観光客による写真撮影も許可され(フラッシュは禁止)、 なごやかな儀式でした。 私が坐ってたところは、 比較的、点前座に近かったにもかかわらず、 柱がちょうど、宗心宗匠の手元を隠してしまい、 その水がゆるり流れるように美しい点前を 十二分には、拝見することができなかったのですが、 手を合わせたくなるようなお姿でした。 数えだと宗心宗匠、90歳になられます。 高僧と同じで、茶人も、そのくらいの年齢になられると、 存在そのものが「点前」、 存在そのものが「もてなしの心」、であるような気がします。 素人のつぶやきです、右から左に流してください。 献茶式が行なわれた興聖寺の山門。 禅宗でも、曹洞宗です ![]() |








「東京育ちの京都探訪
「茶わん眼鏡で見た、
「麻生圭子の京・花ごよみ」
「小さな食京都案内」
「京都がくれた『小さな生活』。 」
「極楽のあまり風
「京都で町家に出会った」
「東京育ちの京都案内」





