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宇治茶まつり

7日、茶文化の礎を築いた先人たちを偲び、
宇治茶の振興を祈願する「宇治茶まつり」が行なわました。

宇治は、京都12年も、住んでいながら、
まだ数えるほどしか来たことがありません。
何だか、遠いような気がするんですよね。
実際タクシーだと4000円くらいかかるんですが。
でも、行くと、ああ、洛中とはまた違うよさがあるなあ、と感じます。
もしかすると、日田市は、洛中より、宇治のほうが、その川景色は似てるのかもしれない。

宇治は、平等院や、宇治上神社があるところ(世界文化遺産、国宝です)。
そして言わずもがな、茶の産地。

今年の興聖寺での献茶式は、表千家の堀内宗心宗匠のご奉仕。
茶席の本席は半床庵(久田宗也宗匠)社中。
近くの朝日焼の窯元でも、半床庵の社中により、副席がかけられました。

献茶式の前には、宇治川にかかる宇治橋の三の間で、
まず川の水(かつて秀吉が、この川の水で茶会を開いたという)を汲み上げる、
「名水汲上の儀」というのが行なわれました。
私はこれには間に合わなかったのですが、^^;
狩衣をまとった人たちにより、釣瓶で、本当に川の水が汲み上げられ、
「感動しましたよ」と、友人。
ああ、私も見たかった。
 早起きはしてたんですよ、ただ、掃除とか、だらだらとしていて……ぶつぶつぶつ。

献茶では、その川の水が用いられました。
「名水、到着でございます」という声の下、
箱から恭しく取り出された竹筒。
この竹筒から、本当に水指に、水が移されました。
こういう丁寧な物語が、「まつり」を盛り上げ、格を与える、ような気がしますね。
戦後、はじまったものですから、今年でまだ56回目です、
けれど中国から渡ってきた茶の文化、
それを日本独自の文化にしていった先人たちの「心」と、歴史を
しかと、感じる流れになっていました。

お点前の前に、行なわれたのが、
「茶壺口切りの儀」。
ひと夏を茶壺で越した、今年の新茶の封が切られ、
それを仏さまの前で、挽いていく。
昔ながらの石臼です。
それを棗に、白い羽ではいていく。

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お茶を少しでもやっている者には、
とても興味深い、献茶式でした。

宇治茶の振興を祈願ということもあってか、
観光客による写真撮影も許可され(フラッシュは禁止)、
なごやかな儀式でした。

私が坐ってたところは、
比較的、点前座に近かったにもかかわらず、
柱がちょうど、宗心宗匠の手元を隠してしまい、
その水がゆるり流れるように美しい点前を
十二分には、拝見することができなかったのですが、
手を合わせたくなるようなお姿でした。
数えだと宗心宗匠、90歳になられます。
高僧と同じで、茶人も、そのくらいの年齢になられると、
存在そのものが「点前」、
存在そのものが「もてなしの心」、であるような気がします。
素人のつぶやきです、右から左に流してください。

献茶式が行なわれた興聖寺の山門。
禅宗でも、曹洞宗です


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